検閲前夜のひらログ

おひまつぶしになれば、さいわいです。

ファンシー

 なんでもない日記です。脳のメモリ解放のためだけに書き出しています。筆者が読まれてうれしいのは最終段落です。軽やかにスクロールなさって。

会社の好きなところ

  • 自宅から近い
  • 残業がほとんどない
  • 休みが取りやすい
  • 昼休みはひとりで自由に過ごせる
  • 勤務時間外にいっさい連絡がこない
  • 飲み会がない
  • プライベートの交流がいらない
  • 服装規定がない
  • 同性愛差別的な言動はいまのところ耳にしていない
  • 仕事のやりかたはこちらに任せてくれる
  • 意見は好き勝手言いやすい
  • 「なぜですか?」「なんのためですか?」「それは必要ですか?」などなど疑問をぶつける姿勢を歓迎してくれる
  • 私の書きことばに対する厳密さを煙たがらず、むしろセンスを信用していろいろの手直しを頼んでくれる
  • 社員の働きぶりを監視しようという発想がなく、ほったらかしにしてくれる
  • たぶん頼み込めば県外リモートワークに持ち込める
  • 平日だけ体調が悪いということがないので、過去の3社のなかではいちばん自分に合っている

会社のいやなところ

  • 給料が安いうえに、昇給の見込みがない
    • 手取り16万円台。「新入社員としては妥当」と受け止めていたが、永久に据え置きではとても納得できない
    • どんなに働いても年収200万円台から抜け出せないとわかり、意欲を失っている
  • 賞与も当然ない
    • 出したい気持ちはあるらしいが、実績はゼロ円なので期待できない
  • 経営層に計画性のかけらも感じない
    • 具体的な目標が提示されないし、みずから立てるのも難しい。質問には要領を得ない回答が返ってくるのみ
    • きっと倒産しても驚かない
    • 私の労働力と生産性はどこに消えてゆくの? という釈然としない気持ちが募る
  • 技術の向上が見込めない
    • 自分よりWeb技術に詳しい人がいないから「この手法は適切だったか?」というフィードバックが得られない。すでにできることをひたすら繰り返すか、闇を手探りするかしか選べない
    • 勉強をしている感触がないのは、むなしいし焦る
    • いまはWordPressをちょっといじったりShopifyをちょっといじったりGASをちょっといじったりしている。それだけ。なに屋さんも名乗れない
  • 自社製品に愛着がもてない
    • 「日本人がつくった」「日本人のための」靴であることを売りにする魂胆がゲロキモい
    • たぶん明確な意図も根拠もないからこわい。素朴な浅慮。想像力の欠如。「日本人の足を美しく見せる」っつってロシア美女に買われたら買われたで喜んでるし、外国籍のモデルさん起用してるし、そのクソ雑さにも「なーにがものづくりへのこだわりだよ」「プライドということばをつかうな」とがっかりする
    • そういえば、ブライダルシューズにもビジネスシューズにもはじめから興味がないんだった。それらを必要とする場面が人生に訪れなければよいとおもっているくらい。これに関しては会社は悪くない
  • 国籍差別がゲロキモい(※全員ではない)
    • 取引先の工場について話しながら「○○人はうそつき」
    • 予防接種の担当医が外国人だったとき「信用できない。こわかった」
    • Instagramになりすましアカウントが発生したとき「○○人のしわざ」
  • 年齢「いじり」がくそだるい(※全員ではない)
    • 私のことは「若い」からかわいがっているようだが、それこそいかにもなにもわかっていないという感じでゲロキモい

忘れてはいけないこと

  • ここをやめたところで、状況が好転するわけではない
  • 会社づとめそのものが向いていない
    • もう就活したくない。3回でこりごり

どうするの?

 かんじんなのは「じゃあどうするの?」ってところで、引っ越し費用を貯めて最愛の宇宙人と暮らそうかなあ。リモートワークよ。そうすれば、会社づとめ以外の方法で食べてゆくことには直結しなくても、ひとまず収入源を確保しながらストレスの原因と距離をおくことができる。新しい仕事は、ふたりの家で探す。

 現在の私にとって職場は安全な場所ではないから、毎晩、目の奥を覗いて、しんから発せられたことばを交わす相手がほしい。それはラブとリスペクトをおくる最愛の他人であってほしい。ことばをもって抱きとめ、洗い流しあいたい。

 これはいいわけのざれごとですが、彼と暮らせば、もっとよい文章が書ける気がする(鎌倉を旅行したときは「鎌倉に住めばよい文章が書けるのにな」とこぼしたね、私)。大晦日にがらがらの特急を予約して、ふらっと新宿のTOHOシネマズに入って、『燃ゆる女の肖像』を観たときみたいな、身軽でほんのすこし澄んだ私に戻れる気がする。

 ほんとうによい映画だったな。あんなふうに生きたいもの。マリアンヌとエロイーズのようにという意味ではなく、あの映画が人間と世界をとらえた筆致で歩きたい。静かに暮らしたい、静かに暮らしたいけれど、目をひらき、耳をすましていたい、といったらよいのかな。静謐ながら音楽はたえず、「明るい」とか「暗い」とか言いきるには複雑な色彩を帯び、寝台を出てみれば重苦しい現実が横たわり、それでもたしかに慈愛のまなざしを交わす。なんの話してたっけ?